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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)1892号 判決 1958年5月26日

原告 破産者新光貿易株式会社破産管財人 田村福司

被告 株式会社東京銀行

主文

被告は原告に対し、金五百三十九万二千九百二十四円を支払うべし、

原告の、その余の請求を棄却する。

訴訟費用は、すべて被告の負担とする。

この判決は、原告が金五十万円の担保を供するときは、第一項に限り、かりに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金五百三十九万二千九百二十四円、およびそのうち(一)、金五十万円については昭和二五年一二月一六日から、(二)、金三十万円については同月二一日から、(三)金五十万円については同月三〇日から、(四)金六十五万円については昭和二六年一月三〇日から、(五)、金三十万円については同年二月三日から、(六)、金二十一万円については同月八日から、(七)、金五十五万円については同月一四日から、(八)、金三十万円については同月二二日から、(九)、金二十万円については同年三月一七日から、(一〇)、金七十万円については同年四月六日から、(一一)、金二十万円については同月七日から、(一二)、金二十万円については同月一三日から、(一三)、金十万円については同年五月一日から、(一四)、金二十九万円については同年六月三日から、(一五)、金三十九万二千九百二十四円については同年八月二三日から、いずれもその支払をすませる日まで、年六分の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決、ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。

仙宝貿易株式会社(昭和二六年四月一〇日に、商号を新光貿易株式会社と変更したが、以下すべて破産会社と略称する。)は、昭和二五年一二月一三日、(一)、養殖真珠の加工、ならびに輸出、(二)、美術工芸品および日用雑貨類の輸出、ならびに輸入、(三)、右各号に附帯する業務、を目的とし、資本金三百万円をもつて設立され、営業を続けていたが、経営が困難となつて、昭和二七年八月中に支払停止の状態となり、同年一二月二二日午前一〇時、東京地方裁判所民事第二一部で破産宣告の決定をうけ、原告が破産会社の破産管財人に選任されたものである。

破産会社が設立されるまでには、およそ次のようないきさつがあつた。

仙宝工芸株式会社(以下仙宝工芸と略称する。)は、昭和二三年五月一日、漆製品、美術工芸品等の製作、加工、販売を目的とし、資本金五百万円をもつて設立された会社であつたが、営業不振のため、昭和二四年六月頃、真珠売買営業に経験のあつた吉井正三を入社させてパール部を設け、その経営に当らせたところ、この部門ではかなりの営業成績を挙げるに至つた。ところが仙宝工芸ではパール部の挙げた収益を他の部門に流用したり、また、パール部の事業に使用するものとして金融機関から借入れた資金を他の部門にまわしたりするようなことがあつたことから、吉井は仙宝工芸の営業方針に不満を抱き、昭和二五年九月に同会社を退社して、個人で真珠販売の営業を開始した。これより先、仙宝工芸は被告に対し、昭和二五年三月二四日振出、満期同年六月三〇日、金額五百万円の別紙第一目録記載の約束手形にもとずく、元利金支払債務(以下本件債務と略称する。)を負担していたのであるが、吉井が退社したために、被告としても右債務の弁済をうけることが難しくなつて来た被告はこれを憂慮して、昭和二五年一一月頃から、当時仙宝工芸の代表取締役をしていた原田慶次郎、および吉井らとはかり、吉井を中心として破産会社を設立させ、破産会社に本件債務を引受けてもらつて支払わせるという方針のもとに、その折衝を続けた。その結果、同年一一月中に、仙宝工芸、原田、被告、および当時すでに新会社設立の発起人となつていた吉井の四者の間で、新会社(破産会社)は、仙宝工芸のパール部の資産の譲渡をうけてその営業を継続し、かつ、仙宝工芸の被告に対する本件債務を引受けて支払うことを主目的として設立するという大綱のもとに、(一)、破産会社は、設立登記手続の完了を条件として、仙宝工芸パール部に属していた営業財産(資産および本件債務を含む負債全部)を一括して仙宝工芸から譲り受け、(二)、被告は破産会社に対し、手形割引による融資を行う、旨の約束が成立した。そして、この約束にしたがつて、吉井ら発起人は、昭和二五年一二月一三日破産会社の設立手続を終え、同時に破産会社は仙宝工芸から、同会社パール部に属していた営業財産を譲り受けその中に一括して本件債務を引受けたのである。

こうして破産会社は設立されたのであるが、仙宝工芸から引受けた本件債務の履行として、その設立直後である、昭和二五年一二月一五から昭和二六年八月二二日までの間に、別紙第二目録記載のとおり、元利合計金五百三十九万二千九百二十四円を被告に支払つた。

しかしながら、破産会社の設立にあたり、発起人である吉井は、仙宝工芸との間で、破産会社設立後に本件債務を含むパール部の営業財産一切を譲り受けることを約しているのであるから、これはいわゆる財産引受にあたり、商法第一六八条第一項第六号の規定にもとずき、破産会社設立の際定款にそのこと(本件債務を含む譲受財産、その価格、および譲渡人の氏名)を記載しなければならないのにかかわらず、その記載をしていないし、また同法第一八一条の規定にもとずき、右の点に関する調査をさせるため検査役の選任を裁判所に対して請求し、検査役から右調査の報告書を創立総会に提出させる手続を経なければならないのにかかわらず、これらの手続が行われていないのである。したがつて仙宝工芸から設立中の破産会社に対して行われた財産引受は当然に無効であり、その中に一括されている本件債務の引受もまた効力を生じていないといわなければならない。

かりに、本件債務が、仙宝工芸パール部の営業財産一切の中に含められて破産会社に引受けられたものでないとしても、昭和二五年一二月一四日、破産会社の代表取締役であつた吉井と被告との間で本件債務につき単独に重畳的債務引受契約を結んだものであつて、この債務引受契約は、破産会社と仙宝工芸との話合にもとずき、破産会社が仙宝工芸からパール部の営業財産のうち積極財産一切を譲り受けて取得したことに対し、対価を支払う趣旨のもとにされた契約であつて、これは、破産会社が設立された後二年以内に、会社設立前から存在し営業のために継続して使用すべき財産を、資本の額を超える対価をもつて取得する契約にあたるから、商法第二四六条の規定により、破産会社のいわゆる特別決議によつてされなければならないのである。ところが破産会社では、特別決議をしていないのであるから、右債務引受契約は無効である。

かりに債務引受契約についての原告の右主張が容れられないとしても、右債務引受契約は、破産会社が資本金三百万円に過ぎないのにかかわらず、これを甚しく上廻る第三者の債務を、設立直後に自己の債務とし、破産会社をすぐにも破産におとしいれる契約であつて、破産会社の目的の範囲を超える行為であるから、当然に無効である。

以上のように、いずれの点からみても、破産会社は被告に対し、本件債務を負担していないのにかかわらず、前記のようにその弁済として別紙第二目録記載のとおり各金員(合計五百三十九万二千九百二十四円)を被告に支払つたものであつて、被告は法律上の原因がないのに、破産会社の損失においてこれだけの金額を明らかに利得していることになる。しかも被告は、右に述べた事実をことごとく知り、したがつて自己の利得が法律上の原因を欠くものであることも知つていたのであるから、悪意の受益者として、右金額につきその各金員を受取つた日の翌日(たゞし、うち金三十九万二千九百二十四円については、これを受取つた日の後である昭和二六年八月二三日から、その支払をすませる日まで、商法に定められた年六分の割合による利息をつけて原告に返還しなければならない。かりに被告が、右各支払をうけた当時悪意でなかつたとしても、被告は銀行業者として支払をうけた金員を利用し、各金員につきこれを受取つた日の翌日から、引つゞき少くとも商法に定められた年六分の割合による利息相当額の利益を得て、これを現存しているものとみるべきであるから、被告は原告に対し、合計金五百三十九万二千九百二十四円と、これにつき前記のように各金員の支払をうけた日の翌日(たゞし、うち金三十九万二千九百二十四円については、これを受取つた日の後である昭和二六年八月二三日)から、その支払をすませる日まで、年六分の割合による金員とを、原告に返還すべき義務がある。また、かりにこの主張が容れられないとしても、原告は被告に対し、昭和二八年二月二四日、被告の利得は法律上の原因を欠くものであることを指摘し、その理由として右に述べた事実を記載した内容証明郵便で利得金の返還を請求し、その書面は翌二五日に被告に到達したのであるから、少くともその時から被告は悪意の受益者になつたのである。

以上のとおり述べ、立証として、甲第一ないし第三号証、同第四号証の一、二、同第五ないし第一四号証を提出し、証人内藤三次、同原田慶次郎、同吉井正三(第一、二回)の各証言を援用し、「乙号各証がいずれも真正にできたものであることを認める。なお、乙第四、五号証を利益に援用する。」と述べた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり答弁した。

破産会社が昭和二五年一二月一三日に、原告の主張するような商号で、原告の主張するような業務を目的として、資本金三百万円をもつて設立され、昭和二六年四月一〇日に商号を新光貿易株式会社と変更し、営業を続けていたが、経営困難となつて昭和二七年八月中に支払停止の状態となり、同年一二月二二日午前一〇時に東京地方裁判所民事第二一部で破産宣告の決定をうけたこと、原告が破産会社の破産管財人に選任されたこと、仙宝工芸が被告に対し、原告主張のような本件債務を負担していたこと、破産会社が昭和二五年一二月一五日から昭和二六年八月二二日までの間に、別紙第二目録記載のとおり合計金五百三十九万二千九百二十四円を被告に支払つたこと、および昭和二八年二月二五日、原告から被告に対し、右金員の返還を請求する書面が被告に到達したことは、いずれもこれを認めるが、その余の事実はすべて否認する。

破産会社が被告に対し、右金員の支払をしたのは、破産会社が、昭和二五年一二月一四日に、被告との間に、仙宝工芸の被告に対する本件債務のうち、元金五百万円の支払債務につき、弁済期を昭和二六年九月三〇日、利息を日歩三銭、弁済期後の遅延損害金を日歩四銭と定めて重畳的に債務引受契約を結んだので、これにもとずくものである。

昭和二五年当時、仙宝工芸は金属漆器部門の営業が振わず、同社パール部が挙げていた莫大な収益も、不振の金属漆器部門へ流れてしまう状態であつた。そこで右パール部が仙宝工芸から分離独立して新会社を作り、新会社として真珠の輸出、販売をすれば、仙宝工芸の被告その他に対して負担する債務を引受けて弁済しても、なお相当の利益が得られることがわかつたので、パール部長の吉井らが中心となり、パール部の営業一切を引ついで新会社である破産会社を設立したのである。しかし新会社が設立されても、真珠の販売、輸出をはじめるためには、相当の資金、とくに集荷資金が要るためどうしても外国為替業務を行う銀行と取引を開始し、そこから資金の援助をしてもらう必要があるので、破産会社は設立を終えると同時に、営業資金について被告に援助を求めて来た。そこで被告は、破産会社が仙宝工芸の被告に対する本件債務のうち手形元金五百万円の債務を引受けて支払うことにするのとひきかえに、破産会社の右申出に応じた。

この約束にしたがつて、破産会社は本件債務のうち手形元金五百万円の債務を重畳的に引受けたので、被告も破産会社に対し、昭和二五年一二月二〇日から一六回にわたり合計金四千五百七十万円の融資をしたのである。

このように、右債務の引受をしなくては、破産会社は被告から営業資金の援助をうけることができず、したがつて営業を開始することができなかつたのであるし、また引受けた債務も、被告から融資を受けて真珠を輸出し、そこから得た利益によつて弁済する約束であつたのだから、右債務の引受が、破産会社の目的の範囲内の行為であることは、明らかである。

かりに、被告が本件債務を原告の第一次的主張のような形で引受けたものであり、商法第一六八条第一項、第一八一条の各規定にふれるものであるとしても、それだけでただちに債務引受契約そのものが無効になるものではないし、また、商法第二四六条は、消極財産である債務の引受には適用がないから、原告が予備的に主張する債務引受契約が無効となる筋合のものではない。

かりに被告の利得が、法律上の原因を欠くものであつたとしても被告は善意の受益者であるから、原告から支払をうけた金五百三十九万二千九百二十四円を返還すれば足りるのであつて、これに利息または利息相当額の金員を加えて支払う義務はない。

以上のとおり答弁し、立証として乙第一ないし第五号証、同第六号証の一、二、同第七ないし第二五号証を提出し、証人中村七三、同清浦保正第一、二回、同石井禄次郎、同高島吉郎の各証言を援用し、「甲第一〇、一一号証、同第一三、一四号証がいずれも真正にできたものかどうかは知らないが、その余の甲号各証は、いずれも真正にできたものであることを認める。」と述べた。

理由

破産会社が、昭和二五年一二月一三日に、仙宝貿易株式会社の商号で(一)、養殖真珠の加工、ならびに輸出、(二)、美術工芸品および日用雑貨類の輸出、ならびに輸入、(三)、右各号に附帯する業務を目的として、資本金三百万円をもつて設立され、昭和二六年四月一〇日に商号を新光貿易株式会社と変更し、営業を続けていたが、経営困難となつて昭和二七年八月中に支払停止の状態におちいり、同年一二月二二日午前一〇時東京地方裁判所民事第二一部で破産宣告の決定をうけたこと、原告が破産会社の破産管財人に選任されたこと、および破産会社が被告に対し、昭和二五年一二月一五日から昭和二六年八月二二日までの間に、別紙第二目録記載のとおり合計金五百三十九万二千九百二十四円を支払つたことは、いずれも当事者間に争いがない。

ところで、いずれも真正にできたことに争いがない甲第二号証、同第五ないし第九号証、同第一二号証、乙第一、二号証、同第四、五号証、証人吉井正三(第一、二回)の証言によつて真正にできたものと認める甲第一〇、一一号証、および証人内藤三次、同石井禄次郎、同吉井正三(第一、二回)、同中村七三、同清浦保正(第一、二回)、同原田慶次郎の各証言、ならびに弁論の全趣旨によると、破産会社が設立され、被告に対して右金五百三十九万二千九百二十四円を支払うに至つたいきさつは、次のようなものであつたことが認められる。

仙宝工芸株式会社は、昭和二三年五月一日に、漆製品、美術工芸品などの製作、加工、販売を目的とし、資本金五百万円をもつて設立されたのであるが、営業不振のため、七十七銀行東京支店、岩手殖産銀行などに対する負債がかさんだので、会社の再建を期して昭和二四年六月頃、真珠売買営業について経験のあつた吉井正三を入社させ、あらたにパール部を設け、真珠の加工、販売などの経営にあたらせることになつた。吉井がパール部長に就任してから、この部門ではかなりの営業成績を挙げるに至つたが、仙宝工芸では、パール部の挙げた収益を他の部門につぎこんだり、パール部の事業に使用する名目で融資をうけたものを同様他の部門にまわしてしまつたりするようなことがあつたので、吉井は、パール部のみ独立して採算をとることのできない仙宝工芸の営業方針に不満を抱き、昭和二五年九月二〇日、同会社に対して辞表を提出するに至つた。これより先仙宝工芸は、真珠の集荷資金に使うということで、被告に対し、本件債務、つまり昭和二五年三月二四日振出、満期同年六月三〇日、金額五百万円の別紙第一目録記載の約束手形にもとずく元利金支払債務を負担していた(このことは当事者間に争いがない。)のであるが、吉井が退社してしまうとパール部も事実上骨抜きとなり、本件債務を弁済する見込はまずなくなるので、被告はこのことを知つて憂慮し、昭和二五年一〇月頃から吉井や、当時仙宝工芸の代表取締役をしていた原田慶次郎に対し、同人ら所有の家屋敷を本件債務の担保として差入れるよう要求した。しかし同人らの間では、同年一一月頃から、吉井が発起人となつて、仙宝工芸のパール部の事業をそのままそつくり引つぎ、あらたに破産会社を設立する準備にとりかかつていたので、被告としては、この際むしろ破産会社の設立ならびに育成を援助して、破産会社に本件債務を引受けさせ、ここから支払をうけて回収しようと考え、その方針のもとに同人らと折衝を続けた。一方吉井の側としても、破産会社が設立された暁には、真珠の貿易をはじめるのに、従前から仙宝工芸と取引関係のあつた外国為替業務を行う銀行である被告と取引をし、営業資金の援助をうけることがなによりも便宜かつ必要であつたので、話は進み、その結果同年一二月二日頃には、仙宝工芸、被告、および新会社設立の発起人である吉井の三者の間で、破産会社設立に関し、次のとおり取決めがされた。すなわち、(一)、仙宝工芸は、昭和二五年九月二〇日付で申出のあつた吉井の辞任を承認すること、(二)吉井は発起人の中心となつて、破産会社を設立すること、(三)、破産会社は、仙宝工芸パール部に属している営業財産一切を引つぐこととし、設立を条件として仙宝工芸から、同会社パール部にその際属している売掛代金債権、商品、有価証券などの資産を一括して譲り受けるとともに、本件債務のほか買掛代金債務などの負債を一括して引受けること、(四)、被告は右譲渡および引受を承認し破産会社に対し、取引極度額を一千万円とする銀行取引を行うこと。以上のような取決めであつた。そしてこの約束にしたがつて、吉井ら発起人は、昭和二五年一二月一三日破産会社設立の手続を終え(この日に破産会社が設立されたことは、当事者間に争いがない。)たので、この条件成就により、破産会社は当然に仙宝工芸から、同会社パール部にその際属していた営業資産を一括して譲り受けたわけで、またそれと同時に、本件債務(当時の元利合計金五百十万二千五百円)を含む営業上の負債も一括して破産会社に引受けられたのである。しかし、破産会社の定款には、前記三者間の取決めにもとずき、破産会社が設立されると同時に仙宝工芸から譲り受け、または引受けることになつていた営業上の資産、負債(本件債務を含む)やその価格、譲渡人の氏名については、なにも記載されなかつた。右のようないきさつで本件債務を引受けた破産会社は、その履行として前記のように合計金五百三十九万二千九百二十四円を被告に支払つた(この金額を被告に支払つたことは当事者間に争いがない。)のである。

このように認められ、これ以外に、破産会社が本件債務を引受けた事実は、認められない。

甲第二号証、同第六号証、同第一〇号証、乙第二号証中には、明らかに右認定に反する記載部分があるけれども、これら各証は、証人吉井正三(第二回)の証言、ならびに弁論の全趣旨にてらし、実際に行われたところと違つて、単に形式をととのえるために作られた文書と認められるので、この記載をそのまま信用することができないし、また右認定に反する証人石井禄次郎、同吉井正三(第一回)、同中村七三、同原田慶次郎の各証言部分もこれを信用しない。他に右認定をくつがえすに足りる信用すべき証拠はない。

したがつて、破産会社が本件債務を負担するようになつたのは、破産会社設立前に、吉井が破産会社の発起人として、被告の承認のもとに、破産会社のために仙宝工芸との間でした債務引受の合意にもとずくものというべきである。

ところで原告は、右のようなかたちによる本件債務の引受は、いわゆる財産引受にあたるから、商法第一六八条第一項の規定にしたがい、破産会社設立の際定款に所定の事項を記載し、かつ同法第一八一条に定められた手続をとらなければならないのに、それを欠いているから無効であると主張するので、この点につき判断する。

商法第一六八条第一項は、財産引受をいわゆる変態設立事項として扱い、会社が成立後に譲り受けることを約した財産、その価格、譲渡人の氏名を定款に記載しなければ、その効力を生じない旨を規定している。財産引受について、商法がこのような取扱をした意図は、まず第一に財産引受が現物出資をくぐる手段として利用されることをふせぐという点にあるが、さらには発起人が設立中の会社のために結ぶ財産引受契約にもとずく法律上の効果も、同法第一八一条の規定と相まつて、特に商法の定める厳重な要件のもとにおいてのみ、例外的に譲渡人と設立後の会社との間に有効に生ずるものとすることによつて、つまりは設立される会社の財産的基礎を危くするような事態をひきおこすことをふせごうとするためであると思われる。したがつて、この条項の設けられた目的からみて、ここにいう「譲り受けることを約した財産」の中には、積極財産を譲り受ける場合はもとよりのこと、発起人が開業準備行為としての必要から、将来の会社のために、譲渡人の第三者に対する債務を引受ける場合のような、消極財産を譲り受ける場合も当然に含まれるものと解すべきである。そしてまた、定款に記載されない財産引受は無効であつて、この無効は、財産の譲渡人および会社の双方から、何人に対しても主張しうるものといわなければならない。

そうだとすると、前記三者間の取決めの際、被告の承認のもとに、破産会社の発起人である吉井と、仙宝工芸との間で、破産会社の設立されることを条件として仙宝工芸の被告に対する本件債務を引受けることを約したことは、まさに財産引受であるというべきであつて、このことが破産会社の定款に記載されていないことは前に認定したとおりであるから、その後商法第一八一条に定められた手続がとられたかどうかを判断するまでもなく、破産会社のした本件債務の引受は無効であり、破産会社は被告に対してもその無効を主張しうるものというベきである。

結局、破産会社は被告に対し、なんら本件債務を負担していないのにかかわらず、本件債務の弁済として元利合計金五百三十九万二千九百二十四円を支払つたものであり、被告は法律上の原因がないのに破産会社の損失において右金額を利得し、これを現存しているものである。

ところで原告は、被告が当初から悪意の受益者であるから、別紙第二目録記載のとおり各金員を受取つた日の翌日から支払をすませる日まで、その各金額について利息をつけて原告に返還しなければならないと主張するけれども、被告が、本件債務の引受につき破産会社の定款に所定の記載がされておらず、したがつて本件債務の引受が無効であることを知つて右各金員を受取つたものであることを認めるに足りる証拠はない。また原告は、かりに被告が当初から悪意の受益者でないとしても、被告は銀行業者として、支払をうけた金員を利用し、各金員を受取つた日の翌日から、引つゞき商法に定められた年六分の割合による利息相当額の利益を得てこれを現存していると主張しており、被告が銀行業者であることは前に認定したとおりであるから、右支払をうけた金員を利用し、各金員を受取つた日の翌日から、引つゞき年六分の割合による利息相当額の利益を得、それが現存していることは、容易に推認し得るところである。しかしながら、被告が当初から悪意の受益者であつたことが認められないこと前述のとおりであり、このことに弁論の全趣旨を考え合せると、被告は右支払をうけた金員について善意の受益者であつたと認めるほかはないので、右利息相当額の金員は、占有物より生ずる果実として、これを自ら取得することができるものと解すべきである。よつて、右利息相当額の金員の返還を求め得るとする、原告のこの主張も理由がない。さらに原告は、かりに右主張が容れられないとしても、原告が被告に対し利得金の返還を請求した書面が被告に到達した時から、被告が悪意の受益者になつたと主張し、右のような書面が昭和二八年二月二五日に被告に到達したことは当事者間に争いがないが、真正にできたことに争いがない甲第四号証の一によると、右書面中には、破産会社のした本件債務の引受は、会社の目的の範囲外の行為であり、事前事後を通じて商法第二四六条による特別決議の方法もとられていないから無効であるという趣旨の記載があるだけであつて、これがいわゆる財産引受の形で行われたもので、そのことが破産会社の定款に記載されていないから無効である旨の記載はないことが認められるので、右のような内容の書面が被告に到達しただけでは、また被告がその時から前記破産会社から支払をうけた金員につき、悪意の受益者となつたものとみることはできないのである。

したがつて、原告が被告に対し、不当利得金五百三十九万二千九百二十四円の支払を求める限りにおいて、原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容するが、その余の部分は失当であるからこれを棄却することにする。

よつて、訴訟費用につき民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石橋三二 吉田武夫 石田穰一)

第一目録(約束手形)

(一)、金額 五百万円

(二)、満期 昭和二五年六月三〇日

(三)、支払地 東京都中央区

(四)、支払場所 株式会社東京銀行本店

(五)、振出地 東京都中央区

(六)、振出日 昭和二五年三月二四日

(七)、振出人 仙宝工芸株式会社取締役社長 原田慶次郎

(八)、保証人 原田慶次郎

(九)、受取人 株式会社東京銀行

第二目録(支払表)

(一)、昭和二五年一二月一五日 金五十万円

(二)、〃・〃・二〇日 金三十万円

(三)、〃・〃・二九日 金五十万円

(四)、昭和二六・一・二九日 金六十五万円

(五)、〃・二・二日 金三十万円

(六)、〃・〃・七日 金二十一万円

(七)、〃・〃・一三日 金五十五万円

(八)、〃・〃・二一日 金三十万円

(九)、〃・三・一六日 金二十万円

(一〇)、〃・四・五日 金二十万円

(一一)、〃・〃・〃日 金五十万円

(一二)、〃・〃・六日 金二十万円

(一三)、〃・〃・一二日 金二十万円

(一四)、〃・〃・三〇日 金十万円

(一五)、〃・六・二日 金二十九万円

計 金五百万円

ほかに利息支払

(一六)、〃・八・二二日までに

計 金三十九万二千九百二十四円

元利合計 金五百三十九万二千九百二十四円

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